| 十条銀座博物館 収蔵資料展 | |
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| 十条銀座博物館 | |
| 第1回・昭和14年度の事業報告書から | |
十条銀座の商店街事務所には、戦前からの長い歴史を物語る商店街の古い記録が 多数保存されています。役所に提出した文書はもちろん、ポスターやチラシ、記念品、 粗品のサンプルなどなど、今となっては大変貴重で懐かしいお宝が、倉庫の片隅に ひっそりと眠っています。このコーナーでは、そうした資料を少しずつご紹介しながら、 商店街が歩んで来た道をちょっと振り返ってみたいと思います。 第1回目は、十条銀座が組合を結成し、法人となった昭和14年度の事業報告書を ご紹介いたします。昭和13年8月24日、十条銀座は商業組合として正式に登記し、 「東京十條銀座商店街商業組合」となりました。現在の北区域(当時は王子区)では、 昭和12年に王子豊島通り商店街(豊川学校通り商店街)と東十条商店街が商業組合 を結成しており、十条銀座はこれに続く商業組合結成となりました。 当時、東京府下では、麻布十番商店街や武蔵小山商店街など、今も有名な商店街が 続々と商業組合を結成しました。こうした動きは東京府の指導によるものと考えられます。 東京府では、昭和10年に中小商工業者への助成金制度を設けて商業組合の活動を 支援しており、各商店街では組合を結成して、こうした制度を積極的に利用したのだと 思います。十条銀座を含め3つの商店街が相次いで組合を結成した王子地区は、戦前 から商店街活動の活発な土地柄だったと言えるでしょう。 (参考・東京都公文書館のホームページ「昭和11年、12年の商店街大売出し」) | |
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![]() ◆ 東京十條銀座商店街商業組合 昭和14年度事業報告書 ◆ | |
◆ この事業報告書は、昭和15年春の決算時に発行されたもので、おそらく十条銀座と して、初めて発行された事業報告書と思われます。昭和13年8月に十条銀座が法人化 される以前、この商店街には3つの任意団体が組織されていました。ひとつは「銀座会」、 もうひとつは「銀座一丁目会」、そして「昭和会」の3団体です。この3団体は「十條銀座 聯合會」を作り、共同で街灯を設置したり、売出しセールを実施したりしていたそうです。 しかし、東京府の指導や競合する商業施設の脅威もあり、3団体が合併して商業組合を 結成したのでした。 ◆ 記録によれば、中野直作氏(海津屋呉服店)外15名の発起人が昭和13年5月、役所 へ「東京十條銀座商店街商業組合設立発起ニ関スル届」を提出。同年6月17日午後1時 から、設立総会を開催したとあります。会場は現在もある「十條会館」(当時は大塚町会館 と称した)で、83名の商店主が出席し、商業組合の設立を決議しました。 この時の総会議事録や、定款の草案、役員名簿などを添えて設立認可申請書を提出した のが7月7日。そして8月24日に正式な認可を受けて登記を済ませました。 (東京府知事認可 寅商第六二六二号) | |
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商業組合結成当時の役員は下記の通り 理事長 :丸山 三郎 常務理事:井上 清 理 事 :大塚 内蔵 理 事 :柳澤 忠雄 理 事 :河西 重雄 理 事 :藤堂 益男 理 事 :荒川 鶴司 監 事 :醍醐金次郎 監 事 :高橋 緑郎 監 事 :服部 廣治 監 事 :金子 鍵蔵 以上 組合員数は184名とあります。 |
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当時の出資金は10,780円。 年間の共同宣伝費用が2,791円。 そのうち特売費が1,580円余と多く、 中元売出しに694円余、歳末売出しに 516円余を計上しています。 この他、共同街路灯の維持費に813円 商店街事務所の家賃に450円、 (事務員の?)給料に1104円など 総額15,218円余の経費を計上 しています。 |
![]() ◆ 昭和14年度事業報告 ◆ | |
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報告書によれば、実施した事業内容は多岐にわたり、共同仕入事業(包装紙など)、 共同宣伝事業、金融事業、共同施設事業(共同陳列所、街路灯など)、共通商品券事業、 納税組合事業、保険代理店事業、店舗統制事業(当時から出巾陳列の取締りをやって いたのですね)、商業青年団事業、研修事業などなど、活発な活動をしていたようです。 商業青年団というのは、他の商店街にもあったようで、豊島園で開催された府下商業青年 団の運動会に十条銀座の商業青年団も参加したと記されています。 ◆ 興味深いのは「丸高問題」と題する次の文章です。 「昭和十四年十月「十條銀座」ニ出現セル丸高均一ストア問題ニ関シテハ役員以下、組合 員ノ一糸乱レヌ団結ニ終始セル結果、販売品ノ価格ニヨル制限、売場拡張不能等、諸条件 ヲ誓約シ「十條銀座」ノ意志ヲ完全ニ達シ解決セリ」 丸高ストアは、現在の十条駅前ロータリーの場所にあった十銭均一ストアで、今でいえば 大型百円ショップでしょうか。「丸高デパート」とも言って、大型店の進出に当時の十条銀座 役員一同団結して対抗措置に乗り出し、商業組合の結成を促す一因にもなったようです。 | |
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今回は第1回目ということで、当商店街組織の発足当時の記録をご紹介いたしました。 次回も、同じ事業報告書について取り上げたいと思います。 どうぞお楽しみに。 | |