◎皆さん十条駅はご存知ですね。毎朝、学生さんたちの長い
行列がぞろぞろ続いています。その行列を縫うようにして、
踏切ぎわの細い道を家政大学の方へ歩いてまいりますと、
突き当たりが財務省国税局の官舎です。今は建物の半分が
取り壊されて、野原になってますが、この官舎、「国税局 下十条宿舎」っていう名前だったのご存知でしたか?
いずれここに公園が出来るなんて話もありますが、
今のところそれを仮称「下十条公園」と呼んでいるよう
ですよ。とにかく「下十条」という地名が、ここに何気なく
使われている訳です。ご承知のように、いま下十条という
町名はありません。上十条だったら1丁目から5丁目まで
そろっていますが、さて「下十条」とは?? |
官舎跡
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◎ところで東十条駅が、その昔「下十条駅」という名称
だったことは、ご記憶の方も多いでしょう。 今でもJRでは
「下十条運転区」という名称が使われていまして、当時の
名残がわずかに窺えます。「下十条駅」は昭和6年の開設。 現在の「東十条駅」に名前が変わったのは昭和32年のこと
だそうです。それにしても先ほどの国税局アパートが
「下十条」官舎で、東十条駅が「下十条」駅だとしますと、さて
「しもじゅうじょう」というのは、一体どこからどこまで
なんだろうって思うかもしれませんね。 |
東十条駅
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◎そもそも、現在使われている中十条とか、東十条とか、
十条仲原といった新町名ができる以前、この十条地区は
「上十条町」と「下十条町」という二つの町名しか無かった
のでございますよ。戦前、まだ北区が出来る前、この辺り
が「王子区」と呼ばれていた時代のお話です。今の町名に
変わったのは、あれはたしか昭和14年の元日のことでした。
その当時の記憶をお持ちの方でしたら、今でも上十条町と
下十条町の位置関係が頭に入っていることでしょうね。でも、 当時20歳だった方は現在、85歳のはず…。つまり、
ほとんどの人は「下十条」を知らない、と申してもいい
でしょう。十条生まれの十条育ちという年配の方でも、
「下十条っていうのは、今の東十条のことだよ」なんてこと
おっしゃる人があります。それも仕方の無いことでござい
ましょう。 |
十条台小学校
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◎さて「上十条町」と「下十条町」は具体的にどの辺り
だったのかと申しますと、まず押さえておきたいのは、
上十条と下十条の境目がどこだったのか、という問題。
実は、その境目というのがそのまま、昔むかしの上十條村と
下十條村の村境だったのでございます。で、村境はどこ
だったのか。古い地図を見ますと、境界線は先ほどの下十条
官舎の側にある王子第5小学校と、東十条駅を結ぶ斜めの
ジグザグ線だったことが分かります。そしてこのラインの
だいたい北側が上十条町(むかしの上十條村)で、南側が
下十条町(下十條村)ということになります。国税局の
アパートも、東十条駅もギリギリ下十条だったわけですね。
しかも東十条駅は、ちょうどホームの真ん中辺りを境界線が
横断しているのですよ。なのになぜ「下十条駅」と名付け
られたのか。それは駅開設当時、改札口が下十条側(つまり
今の南口)にしか無かったからだと言われております。 これもまた、比較的有名なお話でございますが…。
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