『十條村役場』観光課だより――下十条の探し方(基礎編)
ようこそ十條村へ。うちの村は,二百軒あまりの農家が
あるだけで、
これといった観光資源もございませんが、
21世紀の十条から見れば「へぇー」と思えるような
穴場が無い訳でもありません。私ども十條村役場の観光課
スタッフが、これから村の中をちょいとご案内いたしたいと
存じます。今日はまぁ初回ですから、とりあえず「下十条」
っていうところへお連れすることにいたしましょう。――
◎皆さん十条駅はご存知ですね。毎朝、学生さんたちの長い
行列がぞろぞろ続いています。その行列を縫うようにして、
踏切ぎわの細い道を家政大学の方へ歩いてまいりますと、
突き当たりが財務省国税局の官舎です。今は建物の半分が
取り壊されて、野原になってますが、この官舎、「国税局
下十条宿舎」っていう名前だったのご存知でしたか? 
いずれここに公園が出来るなんて話もありますが、
今のところそれを仮称「下十条公園」と呼んでいるよう
ですよ。とにかく「下十条」という地名が、ここに何気なく
使われている訳です。ご承知のように、いま下十条という
町名はありません。上十条だったら1丁目から5丁目まで
そろっていますが、さて「下十条」とは??
官舎跡
◎ところで東十条駅が、その昔「下十条駅」という名称
だったことは、ご記憶の方も多いでしょう。 今でもJRでは
「下十条運転区」という名称が使われていまして、当時の
名残がわずかに窺えます。「下十条駅」は昭和6年の開設。
現在の「東十条駅」に名前が変わったのは昭和32年のこと
だそうです。それにしても先ほどの国税局アパートが
「下十条」官舎で、東十条駅が「下十条」駅だとしますと、さて
「しもじゅうじょう」というのは、一体どこからどこまで
なんだろうって思うかもしれませんね。
東十条駅

◎そもそも、現在使われている中十条とか、東十条とか、
十条仲原といった
新町名ができる以前、この十条地区は
「上十条町」と「下十条町」という二つの
町名しか無かった
のでございますよ。戦前、まだ
北区が出来る前、この辺り
「王子区」と呼ばれていた時代のお話です。今の町名に
変わったのは、あれはたしか昭和14年の元日のことでした。
その当時の記憶をお持ちの方でしたら、今でも上十条町と
下十条町の位置関係が頭に入っていることでしょうね。でも、
当時20歳だった方は現在、85歳のはず…。つまり、
ほとんどの人は「下十条」を知らない、と申してもいい
でしょう。十条生まれの十条育ちという年配の方でも、
「下十条っていうのは、今の東十条のことだよ」なんてこと
おっしゃる人があります。それも仕方の無いことでござい
ましょう。
十条台小学校

◎さて「上十条町」と「下十条町」は具体的にどの辺り
だったのかと申しますと、まず押さえておきたいのは、
上十条と下十条の境目がどこだったのか、という問題。
実は、その境目というのがそのまま、昔むかしの上十條村と
下十條村の村境だったのでございます。で、村境はどこ
だったのか。古い地図を見ますと、境界線は先ほどの下十条
官舎の側にある王子第5小学校と、東十条駅を結ぶ斜めの
ジグザグ線だったことが分かります。そしてこのラインの
だいたい北側が上十条町(むかしの上十條村)で、南側が
下十条町(下十條村)ということになります。国税局の
アパートも、東十条駅もギリギリ下十条だったわけですね。
しかも東十条駅は、ちょうどホームの真ん中辺りを境界線が
横断しているのですよ。なのになぜ「下十条駅」と名付け
られたのか。それは駅開設当時、改札口が下十条側(つまり
今の南口)にしか無かったからだと言われております。
これもまた、比較的有名なお話でございますが…。

地図はこちらから
上十条と下十条の境目、何となく分かって来ましたか?
まだよく分かりませんか?それでは次回、もう少し詳しく
村境をたどりながら、21世紀の「下十条」を歩いてみる
ことにいたしましょう。またのお越しをお待ちしております。
十條村役場 観光課スタッフ
榎本 龍治